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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)9222号 判決 1986年2月27日

原告

橋本平

ほか一名

被告

八幡市

主文

一  原告らの各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告橋本平に対し、金一二三一万五一五八円及びうち金一〇八一万五一五八円に対する昭和五七年一〇月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員、同橋本小枝子に対し、金一四〇万三八八〇円及びうち金一二〇万三八八〇円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と結果

(一) 日時 昭和五七年一〇月一二日午後〇時二六分ころ

(二) 場所 京都府八幡市八幡清水井六四番地先(市道土井南山線)路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(京都三三せ六〇五三号)

右運転者 関東正幸(以下「関東」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(大阪五九ほ八二八二号)

右運転者 原告橋本小枝子(以下「原告小枝子」という。)

右同乗者 同橋本平(以下「原告平」という。)

(五) 態様 関東は免許停止中にもかかわらず加害車を運転しているところをパトロールカーに発見されたため、その追跡から逃れるべく最高時速三〇キロメートルに制限されている本件道路を時速一〇〇キロメートルで走行し、対向車線を進行してきた被害車に正面衝突した。

(六) 結果 本件事故により、原告平は、肝臓破裂、顔面多発性挫創、胸部打撲傷、胆のう挫滅、右耳介・左前腕挫創、口腔挫創、右第六ないし九肋骨骨折、大腸破裂の、同小枝子は、頭部・右手打撲傷、右膝挫創、左第五中手骨骨折、頸椎・腰椎捻挫の各傷害を負つた。

2  被告の責任原因

(一) 関東は、免許停止処分中であるにもかかわらず加害車を運転し、制限速度を遵守するとともに前方を注視し対向車との衝突を避ける等事故を未然に防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、これを怠り、制限速度を七〇キロメートルも超える時速一〇〇キロメートルで、しかも前方を注視しないで走行した過失により、原告車との衝突を回避することができず、本件事故を発生させた。

(二) 関東は、被告の職員であり、公務時間中に本件事故を発生させて原告らに後記損害を与えたものであるから、右損害は被告の事業の執行について原告に加えられたものというべきである。仮に、関東が休憩時間中に本件事故を起こしたものとしても、同様である。けだし、民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行」は外形的・客観的に判断すべきであつて、関東の主観的な運転目的は顧慮されるべきでないからである。

また、関東は、自己の所有する加害車を通勤に使用し、被告も駐車場を積極的に提供する等してこれを容認しており、本件事故も関東が被告の駐車場から加害車を公務時間内に搬出運転中惹起した等の事情があるから、被告は、関東の加害者の運行について、実質上支配力を有し、運行による利益を享受していたというべきである。

関東は、本件事故後それを理由に懲戒免職処分を受けているが、そのことも、被告が関東の加害車の運転行為につき監督権を有し、かつ、加害車に対する運行支配を有していたことを裏付ける事情である。

したがつて、被告は民法七一五条又は自賠法三条に基づき、原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  原告平の損害

(一) 逸失利益 八五二万二四四七円

原告平は本件事故当時四九歳の健康な男子であり、事故の前年度である昭和五六年度には理容器具販売業により年間二七〇万四八五二円の営業所得があつたところ、本件事故により、<1>肝臓右葉の二分の一及び胆のうを切除したことにより肝機能の低下をきたしており、<2>胸部及び腹部に受傷し醜状痕が残存したが、<1>は、自賠法施行令別表後遺障害等級第一一級(胸腹部臓器に障害を残すもの)、<2>は同表第一四級(外貌に醜状を残すもの)に各該当し、これらの後遺症のため四九歳から六七歳までの一八年間にわたりその労働能力を二五パーセント喪失したものであるから、原告の逸失利益につき年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると八五二万二四四七円となる。

(算式)

二七〇万四八五二円×一二・六〇三二×〇・二五=八五二万二四四七円

(二) 治療費 二四八万二七一一円

原告平は、本件事故による受傷の治療のため真鍋病院に昭和五七年一〇月一二日から翌五八年一月二七日まで一〇八日間の入院、一月二八日から九月二〇日まで(四月一四日まででは実日数二七日間)の通院を余儀なくされ、治療費として二四八万二七一一円支払つた。

(三) 慰謝料 四〇〇万円

原告平は、本件事故により受傷後右(二)のとおり入通院治療を余儀なくされ、かつ、右(一)のとおりの後遺症が残存しているところ、その受傷及び後遺症による精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、四〇〇万円(入通院分一二〇万円、後遺症分二八〇万円)が相当である。

(四) 弁護士費用 一五〇万円

原告平は、本訴の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として一五〇万円を支払うことを約した。

(五) 損益相殺

原告平は、これまでに、本件損害の一部として、関東の加入する自賠責保険から三三九万円、関東から八〇万円、計四一九万円を受領している。

4  原告小枝子の損害

(一) 慰謝料 二一四万円

原告小枝子は、本件事故による受傷の治療のため真鍋病院に昭和五七年一〇月一二日から同月一八日まで七日間の入院、一〇月一九日から翌五八年四月一四日まで実日数七日間の通院を余儀なくされ、かつ、受傷の後遺症として、時々激しい頭痛が起こり、長期間立位・坐位等の姿勢を続けると腰痛が起こり就労が困難になるとともに、右膝挫創のため醜状痕が残り就労・結婚等につき重大な影響を及ぼす状態が残存しているところ、その受傷及び後遺症による精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、二一四万円(入通院分一四万円、後遺症分二〇〇万円)が相当である。

(二) 弁護士費用 二〇万円

原告小枝子は、本訴の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として二〇万円を支払うことを約した。

(三) 損益相殺

原告小枝子は、これまでに、本件損害の一部として、関東の加入する自賠責保険から一三万六一二〇円、関東から八〇万円、計九三万六一二〇円を受領している。

5  よつて、被告に対し、原告平は、右3(一)ないし(四)の合計額から同(五)を控除した残額金一二三一万五一五八円及び弁護士費用を除く一〇八一万五一五八円に対する本件事故の日である昭和五七年一〇月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告小枝子は、右4(一)(二)の合計額から同(三)を控除した残額一四〇万三八八〇円及び弁護士費用を除く一二〇万三八八〇円に対する前同日から支払ずみまで前同率の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(五)は認め、同(六)は知らない。

2  同2の事実のうち、関東が本件事故当時被告の職員であつたこと、免許停止処分中であつたこと、本件加害車が関東の所有車であつたことは認め、その余の事実は否認する。本件事故は、関東が、休憩時間中(正午から〇時四五分まで)に加害車を私用で運転中に発生させたもので、被告の事業の執行とは何の関係もないものである。また、被告は、加害車の運行につき運行供用者の地位にあるものでもない。

3  請求原因3については、知らない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生と結果

請求原因1の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一、二、五、七、九、一二によれば、同(六)の事実が認められる。

二  被告の責任

被告の責任の成否について判断するに、関東が本件事故当時被告の職員であつたこと、免許停止処分中であつたこと、本件加害車が関東の所有車であつたことは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第二号証、丙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1)  関東は、本件事故の三年ほど前から八幡市役所衛生部環境二課に技術員として勤務するようになり、ごみ収集の仕事に従事していたが、加害車を右仕事のため使用することはなかつた。

(2)  関東は、昭和五七年九月二四日から一二月二二日まで九〇日間の運転免許停止処分中であつた(運転免許停止処分中であつたことは当事者間に争いがない)にもかかわらず、本件事故当時も加害車に乗つて出勤し、これを被告の駐車場に駐車させていたが、昼休みの休憩時間(正午から〇時四五分までの間)に、同車に乗つて市内の真鍋病院に赴き、同病院に入院中の友人岸谷誠を見舞つた上、昼食を一緒に取る目的で同人を同乗させて右病院から出発した。

(3)  ところが、行きつけの食堂に赴く途中、交差点手前で信号停止をした際、同車の直ぐ後に停止したパトロールカーから警察官が降りて来て職務質問のため自車に近付いてきたので、関東は、無免許運転が発覚したと考え、その場から逃れるべくいきなり発進し、赤信号無視、制限速度違反等を重ねて、パトロールカーの追跡に対して逃走を続けているうち、本件事故を発生させた。

以上の事実によれば、関東による本件加害車の運転行為は、その外形から客観的にみても同人の担当職務の範囲内の行為に属するものとは認められず、また本件事故そのものも、免許停止処分中であつた関東が、昼休みの休憩時間中に私用目的で自家用車を運転している際に発生させたものであつて、全く被告の支配領域外の出来事であるから、これが被告の業務の執行にあたるということができないことは明らかである。

更に、加害車が関東の所有であり、被告の業務と加害車の運行との間に何らの関連も認められないことは右のとおりであつて、しかも被告が加害車に対し自己所有車に対するのと同様の支配ないし支配可能性を有していたことを窺わせるような事情を認めるに足りる証拠は全くなく存在しないから(仮に、関東が通勤に加害車を利用していることを被告が容認していたとしても、そのことから直ちに加害者に対する運行支配ないし支配可能性があるということができないことは明らかである。)、被告が自己のために加害車を運行の用に供していたものということもできない。

三  結論

そうすると、民法七一五条又は自賠法三条に基づく被告の責任を肯認することはできないというべきであり、その責任が存在することを前提とする原告らの被告に対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになるので、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 加藤新太郎 浜秀樹)

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